初めての父の同居トライアルはたった4日で終了し、昨日実家に帰ってきました。
父の感想は・・
食事の支度から解放されて楽ちんだった。
母の在宅介護中は、母のために頑張って家事全般をこなしていました。
母のためと思えば大変だと思ったことは一度もないと言っていましたが、母が他界して3年余り、自分のためだけに毎日食事の支度と片付けをするのが面倒になってきたようです。
弟宅での同居では、父の部屋が3階になることもあり心配していましたが、3階にトイレも洗面所もあり、日当たりもよく問題なし。
毎朝欠かさないウォーキングは、弟の家からすぐ近くの川沿いに遊歩道があり、転居後も続けることができそうです。
また、徒歩圏内の公民館では囲碁サークルもあり。
私としては他にも色々心配なこともあり、実家がなくなることに対しても複雑な思いはありますが、とにかく父が望むのであれば、それを最優先しなければなりません。
母が他界して、母の衣類などはかなり処分しましたが、それでもまだたくさんの物が残っています。
私が子どもの頃からあった食器類やお節料理を作る時だけ登場した大鍋、母がずーっとつけていた家計簿などなど、見れば母を思いだすものがたくさん。
これらの物も含めて片付けることを考えるだけでため息が出ます。
断捨離。
この言葉があまり好きではありません。
断ち切り、捨てる・・
本当に意味は違うと思いますが、この文字ならびがどうにもね。
昨日Amazon Primeビデオでたまたま目にした映画のタイトル『感謝離(かんしゃり) ずっと一緒に』
尾藤イサオさん、中尾ミエさん ダブル主演の作品で、タイトルに惹かれて視聴して見ました。
あらすじは省略しますが、妻に先立たれ思い出のつまった品を手に取るたびに辛い気持ちになる。その時妻の言葉を思い出した。
『壊れたり、古くなったものは、お世話になりました。ありがとう。さようなら。そう言って処分するのよ』
これが感謝離。
これなら、私にもできるかもしれません。
思い出して、涙して、手が止まってしまうこともあるかもしれませんが、感謝しながら思い出の品々とお別れして、父を弟の元へ送り出そうと思えました。
それにしても意外だったのは、あれほど母を大事にしていた父が、母との思い出がつまった物には全く執着していないこと。
弟の家には母の遺影だけ持っていくそうです。
へ〜、そんなものですかね。
固執していたのはどうやら私だけだったようです。
蕾だけの百合を買って、次々に花を咲かせ、そして順番に花びらを落としていったのにとうとう一輪だけ蕾のまま。
今日はゴミの日だったので、もうお別れかなと思っていたのに朝起きたら花が開き始めてました。
ゴミにされそうなのを悟ったのかしら。
生きているのですもの。
こちらの都合で見限ってはいけませんね。